まぼろしのカップル

 明治14年(1881)のひなまつりの次の日(3月4日)、はじめて外国の元首が日本を訪問しました。ハワイのカラカウア国王(写真)でした。滞在中の10日、カラカウア国王は明治天皇を訪ね、三つの提案をしました。まず日本人の移民、次に王位継承者のカイウラニ王女と皇族の山階宮定麿王(やましなのみやさだまろおう)との婚約、そして両国の連合でした。
 ハワイの人口は、白人が持ち込んだ伝染病などで、百年前の30万人から5万人にまで落ちていました。日本人の移民は、明治の初めから未公認で始まっていましたが、ハワイ支配を拡大するアメリカ人に対して、ハワイ人と共に黙々と努力する日本人にもっと住んでもらいたいと正式の移民を要請したのです。これは4年後に「官約移民」となって実現します。
 皇族との婚約については、日本は、強大国のアメリカと敵対してまでハワイとの関係を深めることはできず、断りました。国の連合については、カラカウア国王はサモアにも提案し合意していて、国々の協力による太平洋の繁栄を考えていたようです。
 こうした動きに対して、ハワイに住むアメリカ人は明治20年(1887)、軍事力によって国王の行為を制限し、土地の所有者だけが有権者になれるなどの憲法を承認させます。これで、ハワイの人口の多数を占めるハワイ人・日本人のほとんどが政治に参加できなくなりました。さらに明治27年(1894)、国王が廃され、アメリカ人がハワイの大統領になります。日本は「在留邦人保護のため」軍艦を派遣しますが、無言の抗議以上のことができず、引き返します。そして3年後の明治31年(1898)、ハワイはアメリカに併合されます。
 第二次世界大戦後、世界中で多くの国が欧米の強国から独立しましたが、ハワイの独立は無く、昭和34年(1959)、逆にアメリカの一州になってしまいます。
 ハワイの「まぼろしカップル」が生まれていれば、どうなっていたでしょうか。

関連情報→ http://blog1.kiyonee.com/?eid=739139 asin:4093871167

※生徒作品は別項



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